2012年10月25日

PTSDなのか…?Part4

続きです。

道場に連れてこられたら、薄暗い中今度はそこで叩かれ、蹴られ、引きづられ、説教され、当然全てにおいて怒号で行われ、こちらも全力で返事しなければまた怒鳴られる。

彼らは後にそれを、「命懸けの場とはどういうものかを経験させるため」などと言っていたが、私は全く納得出来ていない。

これで完全に洗脳されるからだ。どういうことかと言うと、人間をここまで極限の酷い状態まで追い込んでおいて、「ほら、今の君たちじゃこんな目にあったら何も出来ないだろう?強くならないと生きていけないぞ。俺達が教えてやる」と刷り込む訳だ。普通の精神状態じゃないのでそこに飛び付いてしまうわけだ。

私はこれは完全に詭弁だと思う。なぜなら、元々酷い目に逢わないために強くなることを志したはずなのに、酷い目に逢わせて強くならないといけないと強迫観念に追い込んでいるからだ。

例えて言うと、人間が二人いるとする。片方がもう一方をガケから突き落とす。突き落としておいて、ロープをたらす。突き落とされた人間に向かって、「そんなんじゃだめだよ」と言う。「助かりたかったら僕の言うことを聞かないとダメだ。突き落とされないよう強くならないと」と言う。突き落とされた人間は、とにかく助かりたいので、突き落としたのが誰か、というのはとりあえず置いといてロープを掴む。突き落とした奴がドヤ顔で「俺が助けてやるよ」と言う。

おかしいのはココ。まず突き落とした奴が何もしなければ、何も起こらなかったのだ。常識的な範疇で武道を教えていれば、何も起こらなかったのだ。さっきの例え話で言えば、ロープも突き落とした奴からの今後の助けもいらないのだ。

正に余計なことをして相手を助けてやったと思っている、変質宗教盲信者と同じ。

憎むべきは突き落とした奴のはずなのに、まるで助けてやったというような顔をしているので、誰を憎んだらいいのか混乱し、頭がおかしくなり、まただまし討ちのようなやり方なので人間不信になる。

突き落とされた恐怖感は残るので、例え突き落とすような人間はいなくても、ガケに近付けなくなる。人間不信と相まってどいつもこいつも人を突き落とすような人間に見えてくる。
そこで、ロープをたらしてくれた人間から離れられなくなる。誰が憎むべき敵か分からなくさせられてるから、本来憎むべき敵を救世主と勘違いさせられてしまう。カルト武道強迫神経症者の出来上がりである。
一旦切ります。



posted by シン at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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